マーク・ブキャナン [2005] 複雑な世界、単純な法則−ネットワーク科学の最前線

[概要]
ハーバート・サイモンが言った「科学の目的は,秩序なき複雑性のうちに意味ある単純性を見いだすことである」という方向に向けて,「いまわれわれが目の当たりにしているのは,還元主義と極めて緊密に結びついた過去の科学から複雑系適合性物質(創発的な振る舞いをするすべてのモノ)の研究への遷移である」(Robert Laughlin and David Pines)という状況の渦中にあるネットワーク科学の近況を,具体的な現実の事象と関連させながら解説している.
ネットワーク科学の入門書として最適だ.

[引用]
p.11ハーバート・サイモン
「科学の目的は,秩序なき複雑性のうちに意味ある単純性を見いだすことである」

p.125インターネットの地図
インターネット内で,ある地点からある地点までの必要なリンクの数は平均して4である.最大でも,11を超えることは決してない.つまり,インターネットは分散型ネットワークであると同時に,スモールワールドネットワークである.

分散型ネットワーク:ネットワークを一つにまとめる上で,少数のハブが重要な役割を果たす
スモールワールドネットワーク:少数の長距離を結ぶリンクが存在することで,ある地点からある地点に到達する際に必要なリンク数がネットワーク全体で見て非常に少ない

p.136 科学論文の共著者ネットワークもスモールワールド
Sidney Redner, “How Popular Is Your Paper”

p.183共著者ネットワークの効用
ある特定の科学者が新たな共同研究者を得る確率は,その科学者のそれまでの共同研究者数が増すにつれて大きくなる
Mark Newman, “Clustering and preferential attachment in growing networks”

p.197ネットワークにおける「金持ちほど豊かになる現象」の成長とその限界
空港のネットワークにおいて,初期は多数のリンクを持つ空港がさらに多くのリンクを獲得するようになるが,ある時期を超えると獲得できるリンク数の上限に達してしまい,平等主義的なハブの存在しないネットワークに変化する.

ちなみに,これをうまく利用したのが,Ryan airなどの格安航空会社だろう.

p.258進化生物学者リチャード・ドーキンスの提唱した「ミーム
イデアの普及は,自己複製子の一種「ミーム」が遺伝していくようにみなすことができる.『利己的な遺伝子

p.263病気感染のティッピングポイント的な見方
HIVの感染モデルを考える際に,考慮すべきことはただ一点だけ.一人の感染者から生じる二次感染数が一より大きければ感染者の数は増し,一未満であれば終息していく.ちょうど一になる平衡点が「ティッピングポイント」である

p.298還元主義「切り離した要素に基づいてシステムを完全に理解できる」は不十分
システムを理解するためには,「システムは個々の要素と,それら要素間の相互作用に基づいて,初めて完全に理解できる.」
例えば,ハーバード大学のトマス・シェリングは,「近隣で極端な少数派として暮らすことは好まない」という相互作用の条件のみを付与したシミュレーションで,雑多だったコミュニティーが人種別に分離していくことを示した.
Thomas Schelling, “Dynamic Models of Segregation”

p.309 金持ちほど金持ちになるシミュレーション
個人の資産は,資産の他人との間での売買,及び投資の見返り(プラスもマイナスもあり得る)のいずれかを通じて増減するという単純なモデルに,資産の価値は相対的である(金持ちほどより多くの金を投資する傾向がある)というルールを加えるだけで,(金儲けの才能に関わらず)ごく一部の人たちだけが最終的に富の大部分を所有することを示した.
Jean-Phillipe Bouchaud and Rama Cont, “Herd Behavior and Aggregate Fluctuations in Financial Markets”
Thomas Lux and Michele Marchesi, “Scaling and Criticality in a Stochastic Multi-Agent Model of a Financial Market”

p.318組織行動を理解する際に人の行動を全て理解する必要はない
経済活動にはパターンが存在する.つまり,人間の行動レベルでの知識がないのだから総体としての経済の働きのレベルで何もわからないということはない.

p.326社会資本と社会のネットワーク構造は関係するのか
社会資本は信頼が社会やその一定の部分に行き渡っていることから生じる力である.その力はコミュニティーの規模によらず具現化する.(政治科学者フランシス・フクヤマ

p.330グラミン銀行は社会資本を活用することで成功した
マイクロクレジットの返済率を高めるために,返済者を5人組にし,社会資本の力を最大限活用した点がグラミン銀行の成功理由の一つだ.
現実世界の様々なネットワークでごく自然に生じているクラスター化が社会資本を創出する.社会ネットワーク分析手法を適用すれば,社会資本を計量評価できるかもしれない.

p.337創発
いまわれわれが目の当たりにしているのは,還元主義と極めて緊密に結びついた過去の科学から複雑系適合性物質(創発的な振る舞いをするすべてのモノ)の研究への遷移である.
Robert Laughlin and David Pines, “The Theory of Everything”