ナシーム・ニコラス・タレブ(著),望月衛(訳)[2009] ブラック・スワン(上)

[概要]
[問1]
(1) アメリカのどこかで大洪水が起こり,1000人を超える人が無くなる
(2) カリフォルニアで地震が起こり,それが大洪水を起こして1000人を超える人が無くなる
どちらの方が起こりやすいだろうか.

[問2]
(1) ジョーイは幸せな結婚生活を送っているようだった.彼は奥さんを殺した
(2) ジョーイは幸せな結婚生活を送っているようだった.彼は遺産を手に入れようとして奥さんを殺した
どちらの方が起こりやすいだろうか.

どちらも,(1)の方が起こりやすい.だが[問1]の比較は惑わされなくても,[問2]の比較には惑わされ得る.

人は現象を理解する際に,非論理的な思考を行ってしまい,結果としてわからないことまで分かっているかのようにふるまってしまう.だからブラック・スワンが存在しないと勝手に思い込んでしまうのだ.


[引用]
p.10私たちは学ばないということを私たちは学ばない
私たちは法則を学ばない.事実ばかり学ぶ.メタ法則がうまく理解できないようだ.


p.14予防は報われない
治療より予防の方がいいのは誰でも知っている.でも,予防のために何かをして高く評価されることはあまりない.


p.36歴史を見る際の3つのバイアス
・わかったという幻想.世界は実感するよりずっと複雑でランダムである
・振り返った時の歪み.後付けで物事を解釈する
・実際に起こったことに関する情報の過大評価.物事の分類を始めると,それに縛られてしまう.


p.43ウィリアム・シャイラー
『ベルリン日記:1934−1941』は,次に何が起こるかわからない状況で書かれた.そこでは,実際に起こったほどの壊滅的な被害は全く予測されていなかった.


p.69時間を売る人と,そうでない人
時間を売る人は,医者,コンサルタントなどで,労働力と儲けは比例する.アイデアを売る人は,トレーダーや作家で,仕事量を増やさなくても稼ぎを何桁も増やせるが,一方で儲からない場合はとことん儲からない.


p.82月並みの国と果ての国の比較
果ての国では,合計は一握りの極端な事象によって左右され,勝者総取りの法則が働く.


p.89七面鳥の千と一日の歴史
毎日餌をもらっている七面鳥がいて,その体重が漸進的に増えていったとしても,感謝祭の前日には殺されてしまう.過去を延長しただけの安易な予測は,何も教えてくれないという例だ.


p.108行きと帰りの誤り
「テロリストはほとんど皆イスラム教徒だ」という命題と,「イスラム教徒はほとんど皆テロリストだ」とい命題を取り違える人は多い.仮に,ひとつ目の命題が真で,テロリストの99%がイスラム教徒だとすると,イスラム教徒のうちテロリストは0.001%(イスラム教徒は10億人以上,テロリストは1万人ほど).論理的な誤りのせいで,知らないうちにでたらめに選んだイスラム教の人がテロリストである可能性を5万倍も過大に見積もっている.


p.114否定の実証主義
裏付けになる事実をいくら集めても証拠になるとは限らないが,命題が間違っていれば,間違いということを証明することはできる.つまりあるものが正しいこと(あるいは存在しないこと)を示すことはほぼ不可能だ.ある命題が真であることを示すためには,反証を積み重ねていくしかないのだ.


p.119追認の誤り
心理学者のP・C・ウェイソンは実験者に2,4,6の数字を見せ,その数列がどんな法則に基づいているかを推測するように尋ねた.被験者は法則を推測し,それに基づいて別の数列を作る.その数列が法則に合致していればウェイソンは「よろしい」,していなければ「だめです」と言う.ウェイソンが設定した正解は「数字が小さい順に並んでいる」というだけだが,それに気づくためには,数字を大きい順に並べてみて「だめです」と言わせなければならない.
被験者は何らかの法則を頭で思い浮かべるが,自分の仮説に合わない数列ではなく,会う数列ばかりを作る.自分が作った法則を執拗に確認するばかりだった.


p.121特定の領域における追認
子供にある部族の太った人の写真を見せ,他の人はどんな人か,と尋ねると,「肌の色」を除く身体的特徴は帰納的に考えず,一般化は行わなかった.つまり,全ての部族が太っているとは答えなかった.つまり,特定の分野でだけ帰納的な推論を行うように巧妙に仕込まれた本能を持っているようだ.

p.126講釈の誤り
私たちは,連なった事実を見ると,何かの説明を織り込まずにはいられない私たちの修正を講釈の誤りという.この性質で分かった気になる(単純に考えたとき)に道を誤る.


p.134アンドレイ・ニコライヴィッチの法則
情報を手に入れ,埋め込み,複製したり取り出したりするのにコストがかかるため,私たちは脳内で情報をパターン化する.


p.147講釈の誤り-その2
どちらの方が起こりやすいだろうか.
(1) アメリカのどこかで大洪水が起こり,1000人を超える人が無くなる
(2) カリフォルニアで地震が起こり,それが大洪水を起こして1000人を超える人が無くなる

こちらも,どちらの方が起こりやすいだろうか.
(1) ジョーイは幸せな結婚生活を送っているようだった.彼は奥さんを殺した
(2) ジョーイは幸せな結婚生活を送っているようだった.彼は遺産を手に入れようとして奥さんを殺した

どちらも,(1)の方が起こりやすい.だがひとつ目の比較は惑わされなくても,二つ目の比較には惑わされ得る.


p.156推論の誤り
推論の誤りが生じるのは,システム2(演繹的なシステム)を用いているつもりで,システム1(経験的思考)を用いている場合だ.


p.204インチキの社会貢献
政府は自分たちがやったことは高らかに吹聴するが,やらなかったことは吹聴しない.


p.213リスクをとる動機
心理学者のダニエル・カーネマンによると,私たちは強がりでリスクをとるのではなく,何も知らないから,そして確率を予測できないからリスクをとるのだ.


p.239追認の誤りの原因
起こってしまったことを心配し,起こるかもしれないが起こらなかったことを心配しないから,現実を見るのに不自由になり,過度に帰納的な思考に依存し,追認の誤りを犯してしまう.


p.253知識に関するうぬぼれ
不確実な状態が取りうる範囲は過小に,知っていることは課題に見積もる.例えば,ウンベルト・エーコの書斎に何万冊の本があるかという問いに,ある人は2,000冊から4,000冊と応え,ある人は30万冊から60万冊と答えた.範囲の設定がとても大きすぎたり,小さすぎたりするが,正しい数字(3万冊)が含まれるところまでの広い範囲を挙げる人は少なかった.


p.258仮説はなかなか変えられない
ピンボケの消火栓を見せた際に,10段階で解像度を上げていったグループの方が,5段階で上げていったグループより,理解に時間がかかる.


p.262「どうするものか分かっている(技術)」と「何をするものかわかっている(知識)」の違い
技術には専門家は存在するが,知識には専門家は存在しない.


p.283アンカリング
ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーは,アンカリングと呼ばれる現象を発見した.アンカリングとは,たとえば,ランダムなルーレットの数字を見た後に,国連に加盟しているアフリカの国の数を推測してくださいと頼むと,ルーレットで出た数字が小さかった人は国の数にも小さい数字を推測し,出た数字の数が大きかった人は国の数にも大きい数字を推測した.