T・バトラー=ボードン(著)米谷敬一(訳)[2008] 世界の心理学50の名著

研究で、社会心理学的な知見を必要とするので手に取ってみた。現代心理学理論辞典とはことなり、学問としての心理学にこだわらず、ダニエル・ゴールマンの『ビジネスEQ』から、スタンレー・ミルグラムの『服従の心理』まで、ここ100年位に書かれた欧米の名著が挙げられている。

その中から数点、面白いフレーズを紹介したい。

Alfred Adler [1927] 人間知の心理学 (Understanding human nature)
「己を知り、己を変えることが、人間にとって一番難しい」

利己的なものであれ、社会的なものであれ、人間は常に目的を持って生きている。だからこそ、人間の心は壊れにくいのだとアドラーは述べた。しかし、裏を返せば、その目標指向性が、思考や指向の柔軟さを奪い取ってしまいかねないとした。


Nathaniel Branden [1969] 自己評価の心理学 (The Psychology of Self-Esteem)
「よく見ると、自分の人生をコントロールできる人は理性的な生き方をしている」

自己評価が高い人は、客観的事実に基づいて行動する。現実にうまく適応し、いつも自分に忠実に生きようと努める。Brandenによれば、心理的に成熟すれば、そのように生きられるという。だが、他者中心ではなく、自己中心(自分が影響を与えられる範囲に焦点を当てた)生き方というのは、地道に考え方を習慣づけていくしかなさそうだ。


Mihaly Csikszentmihalyi (ミハイ・チクセントミハイ)[1996] 創造性-フローと発見・発明の心理学

「創造的人間は、人間のありとあらゆる可能性を自分の中に取り込む傾向がある」

人は「何か新しいものを考案するか発見する」活動に従事しているときに、フロー状態を体験しやすいことが研究からわかってきた。真に創造的な人間とは、仕事が好きだから仕事をするのだ。


Victor Frankl [1969] 意味への意志
「脱水状態は水の存在を示す最も確実な証拠だ(フランツ・ウェルフェル)」

苦悩や追いこまれた状態を受容し、その「意味」を見いだせれば、それは最大のチャンスに転換する。


William James [1890] 心理学の根本問題
「客観的に生物を見た場合、まず強い印象をうけるのは、習慣に従って生きているという事実だ」

この本の内容からはそれるが、脳科学の見地から「習慣」の仕組みが明らかにされれば、大きなインパクトがあるだろう。トーマス・ジェファーソンが一週間に一つの特を習慣化し、1年で13の徳目を身につけたことが、だれでもできるようになるかもしれない。

「私は、毎週継続的に、ひとつの徳目について厳重な注意を払う決意をした。このようにして私のすべての集中力は、まず1週目に、13の徳目の中でも、第一に掲げた"自制”という徳に対するどんな些細な違反をも回避することに向けられた。」


Stanley Milgram [1974] 服従の心理
「被験者は道徳観念が失われたのではない。自分が痛めつけている相手ではなく、自分に命令を下す者に対して義務を感じ、忠節をつくすように方向を変えられたのだ」

有名なミルグラムの実験で描かれているとおり、人間は環境に適応するために、巧みに認識を修正する。「大義」に踊らされず、大局的な視野を維持するためには、自己の信念・道義しかないという。深く自問したい。


Barry Schwartz [2004] なぜ選ぶたびに後悔するのか
「選択肢の多さが、必ずしも生活の質の改善や自由の拡大につながるわけではない」

多すぎる選択肢は、選ぶ際のコスト(判断や間違ったときの心理的影響)を高める。取り返しのつかない選択を下す方が、むしろ、満足度は上がるらしい。結婚のように。生きていくには、Maximizer(最大化人間)ではなくSatisfizer(満足人間)となった方が、幸せらしいが、事を為すためにはそれではいけないと自戒する。


Douglas Stone, Bruce Patton, Shelia Heen [1999]言いにくいことをうまく伝える会話術
「難しい会話は、事実をめぐるもの、感情をめぐるもの、アイデンティティをめぐるものに分けられる」

意見の不一致があったときには、互いに相手の文脈を理解し、相手の主張がその文脈の中で理にかなっていることを理解しなければならない。前提となる事実が異なるのか、事実認識の齟齬なのか、そもそも価値観の相違なのか、どこに齟齬があるのかを発見することから、会話は始まる。



[まとめ]
こういった「まとめ本」は、その業界の文脈を知るためには適している。一方で、無知の知を忘れ、知ったかぶりに陥らないように気をつけたい。