ジャレド・ダイアモンド(著) 倉骨 彰(訳)[2000] 銃・病原菌・鉄(上)(下)

なぜ,スペイン人がインカ帝国を征服し,逆は起こり得なかったのか.


その原因は,環境要因が各大陸によって異なるからだと著者は述べる.その中でも最も重要な違いを以下の4つの事実にまとめている.
1)栽培化や家畜化の候補となり得る動植物種の野生種の分布状況が異なる
2)大陸内における食糧生産や家畜の伝播速度が異なる
3)大陸間における伝播速度が異なる
4)大陸の大きさ,総人口の違い

1)
栽培化や家畜化に適した動植物種が「偶然」存在することから,食糧生産が始まり,その実践が余剰作物の蓄積を可能にし,余剰作物が,非生産者階級を養う余裕をもたらした.そして,人口が増大することで,政治構造が集権化され,軍事面での優位差につながった.

2)
ユーラシア大陸は東西に伸びているため,伝播における生態環境(特に気候)や地形上の障壁が他の大陸よりも小さかった.結果として,南北に伸びるアフリカ大陸やアメリカ大陸よりも発展の速度が速まり,環境要因による偶然から発展し,地域間の交流がさらに発展を促進するという相互作用が発生することになった.

3)
世界をリードしていたユーラシア大陸から,サハラ近縁地域への伝播は容易であったのに対し,ユーラシアからアメリカ大陸,あるいはユーラシアからオーストラリア大陸への伝播は,それぞれ海に隔てられているため,難しかった.

4)
大陸が大きく,人口の多いユーラシア大陸では,何かを発明する人間の数が相対的に大きく,競合する社会の数も多い.そういった人口の稠密な社会では病原菌に対する耐性が高まると同時に,新しい技術の受入れを促す社会的圧力が高まり,技術の発展が促進されたと考えられる.結果として,鉄器や銃器が他の社会よりも早く実用化されることになる.


本書の最後に,なぜ中国や中東ではなく,ヨーロッパが主導権を握ったのか,という疑問が挙げられている.食糧生産の発祥地であるメソポタミア流域や黄河流域ではなく,なぜヨーロッパが権力の中枢を握るに至ったのか.

メソポタミア流域に関しての原因は,環境的に脆弱であったためである.古代において,森林におおわれていたこの地域は,開発によって伐採され,それを再生する能力を超えて開発が進んでしまった.砂漠化が進行し,地域の衰退につながったと述べられている.

中国が遅れをとった原因の一つには,1400年代後半に,外洋航海が中国宮廷内の権力闘争の影響を受け,中止されたことが挙げられる.そのころ,ヨーロッパは大航海時代に入り,各地を植民地化し始める.また,技術に関しても,統一されていた中国と比べ,群雄割拠していたヨーロッパでは新技術の発明に対する必要性が高く,外圧の差が技術革新の差を生んだと考えられる.

ほんの少しの環境要因,地理的要因,政治的要因の差が,社会間の競争に影響を与え,歴史に影響を与え,数百年,数千年後の社会間の差を生みだす.

多数の要因が複雑に相互作用を及ぼしたけっか作られた歴史を予測することは不可能だと思われがちだが,短い時間の小規模な出来事が何百万回も起こった結果もたらされるようなながい時間尺度,空間尺度の下では,予測は十分可能である,と著者は述べる.

歴史学者トマス・カーライルの「世界史,すなわち世界で人が成し遂げたものごとの歴史とは,根本的には,偉人達が世界で成し遂げたものごとの歴史である」という見方に対して,本書では,観測された事実に基づいて分かりやすい論旨が展開されている.