ジャレド・ダイアモンド(著),楡井 浩一(訳)[2005] 文明崩壊(上)(下)
前著『銃・病原菌・鉄』では,大陸や地域ごとの進化のスピードの違いを,環境要因の面から考察し,与えられた環境における些細な差異が,数千年後の文明・技術の発展における大きいな違いを生むと述べていた.
本書では,環境要因の中でも,その破壊が人間生活に多大な影響を与えるものに焦点を当て,アメリカ合衆国モンタナ州における開発の影響について詳細に分析した後,イースター島,マヤ文明などの古代文明から,ルワンダ,ハイチに至るまで,その社会が崩壊に至る過程を環境,特に食糧生産の面から考察している.
著者は環境問題を12に大まかに分類している.
天然資源に関するものとして,
1) 森林などの自然動物の棲息環境の破壊
2) 食糧減となる魚介類の乱獲
3) 遺伝子の多様性の喪失(上記2つによって引き起こされたものもあれば,人間が持ち込んだ外来種によって生じたものもある)
4) 農地の土壌侵食
地球の限界に関するものとして,
5) 利用可能な化石燃料の枯渇
6) 利用可能な真水の枯渇
7) 利用可能な太陽光線(を受ける地表面)の枯渇
有害物質に関するものとして,
8) 毒性化合物の放出
9) 外来種による動植物の棄損
10) メタンや二酸化炭素の放出
人口増加に関するものとして,
11) 増え続ける人口
12) 人口が増えた結果,生じる新たな諸問題
が挙げられる.
これらの結果と政治問題が相互に作用し,負のスパイラルが生じ崩壊に至ってしまう.たとえば,環境問題を内包する地域として挙げられるアフガニスタン,バングラデシュ,ブルンジ,ハイチ,インドネシア,イラク,パキスタン,ルワンダ,ソマリアなどは,政治問題が生じている地域と一致する.
解決するためには,二つのアプローチがある.一つはトップダウン方式,もう一つはボトムアップ方式だ.
トップダウン方式とは,中国の一人っ子政策や江戸時代の植林政策など,中央に集約された権力が,長期的視野を持ち,「政策」を実施することだ.ただし,この負の面として,不適当な補助金による,そぐわない土地での農業や,採算の合わない業者を残すことによる漁業資源の乱獲などが懸念されている.また,権力の及ばない公海などの共有地においては,その地の資源を消費して,自勢力圏内の環境を守るということが行われがちである.
ボトムアップ方式で挙げられる例は,太平洋の面積約5平方キロのティコピア島だ.この島ではイースター島とは異なり,3200年にわたって島民が持続可能な生活を送っている.島民すべてが島全体の事情に通じ,帰属意識や共通の利益を他の住民と分かち合い,開発の結果生じた問題については,一致協力して取り組む.これは,近隣住民が組織する自治会のような活動にも当てはまる.ただし,この方式だと,ボトムアップの集団が複数存在する場合,ともすると近視眼的な行動をとり,他者から奪い,自集団だけが裕福になるということが生じがちである.
人間の認知に限界があるからこそ,問題を肌で感じられる範囲ではボトムアップ方式をとり,その集団間の協調,あるいは長期的視野が必要な場合はトップダウン方式をとる.この二つの方式の併用が問題解決に有効なのだろう.
今の日本では,特にボトムアップ方式の拡充が求められているのだろう.